世の中には常識を覆す奇跡というか、あるいは普段信じている常識が間違っていたのかと思わされることがあるものです。
邦楽に疎い私ですが、日本人ギタリストと言われて真っ先に思い浮かぶのは、チャーでも布袋さんでもなく、憂歌団の内田勘太郎さんです。
アコースティックギターを弾くようになって、勘太郎さんみたいなギターが弾けたらなと憧れはするものの、高度すぎて真似すらできないというか、アコギとかボトルネックギターでは、クラプトンよりもよっぽど上手いのではないかと思います。
アコギは弾いてあげると音が育つし、年月が経つと木が乾燥したり経年変化をして、より鳴るようにります。
これは本当のことで、実際私が中古で購入した中古のアコギも、最初の頃より今の方が自分好みの音に変化しました。
この音を育てながら楽しむアコースティックギターの世界で、基本的に合板で作られたギターは音も育たないし、間に挟む木材もどうせ見えなくなるので粗悪なものが多く、高価なギターは単板、安価なギターは合板というのが常識です。
論理的に考えても木目を互い違いに重ね合わせる合板は、丈夫ではあっても単板の木材に比べて響かないだろうと思います。
しかし「本物」には、私たちのような一般市民の常識が通じないことがあるようです。
勘太郎さんの愛用のギターで最も有名なのはChakiのP-1というギターです。
このギター、恐ろしく鳴るのですが、当時のChakiの中でも一番安いオール合板のギターなんです。
考えられません。
一体どういうことなんでしょう・・・?
辻四郎さんとP-1
辻さんは富山県南砺市に工房を構えるギター製作者の方です。
詳しい来歴は上記HPに詳しいので割愛しますが、中学校を卒業した辻さんは当時京都にあったChakiでギター製作の修行を積んで、その後独立されて現在の工房を始められました。
私は何本かギターの修理を辻さんにお願いしていてお付き合いがあり、色々なお話をお伺いする中で勘太郎さんのP-1のお話が出てきました。
勘太郎さんのP-1は辻さんがChakiにいらっしゃった頃に作ったギターの一本で、昨年、アコースティックマガジンの企画で、勘太郎さんと辻さんの対談が初めて実現したとのこと。
これも面白い話なのですが、私たちファンにとって勘太郎さんといえばP-1、そして勘太郎さんのP-1は辻さんが作られたギターというのはよく知られた話ですが、勘太郎さんはこの対談まで辻さんのことをご存知なかったそうです(笑)。
対談の中で勘太郎さんがP-1を弾くわけですが、辻さんもその音のハリと響きに大変驚いたそうです。
その場で勘太郎さんのP-1を見せてもらうと、驚くことにフルオリジナルで、ブレーシングを削ったり改造して鳴るようにしたのではなく、ただ弾き込んで鳴るようにしたとのこと。
「ギターは弾いてなんぼ、このギターの音は俺が作ったんだ」
と仰っていたそうです。
辻さんがギターを見せてもらうと、一度もメンテをされた形跡がなく、フレットもボロボロ、指板もボロボロ、ナットの溝も削れすぎて弦の感覚もバラバラで0フレットだからなんとか弾ける状態、木製ブリッジのネジも錆びついて動かないし、演奏に支障が出るくらいひどい状態で、その場で修理を申し出たそうです。
プロのギタリストというと、ギターのコンディションに関しては非常にうるさいのかなと想像してましたが、勘太郎さんはそういうことに全く無頓着というか、それであの音を出せるなんて・・・。
一体なんなんでしょうね(笑)。
ギターを買うとウレタン塗装を剥いでラッカー塗装にしたり、ナットとサドルを象牙製にしたり、色々改造している私は馬鹿みたいです(笑)。
辻さんは、このP-1をよく覚えてらっしゃって、万博の後の1970年に作った個体で、当時定価で2万5千円の一番安い機種だったとのこと。
今では修理も終わり、勘太郎さんとブルーハーツの甲本さんのユニット「ブギ連」の1stアルバムの中の2曲で使われているそうです。
勘太郎さんとP-1
さて、このP-1、元々憂歌団のボーカルの木村さんが楽器店のセールで17,000円で購入したものだそうです。
ところがこのギター、弾いても弾いても全く鳴らず、嫌になって勘太郎さんの持っていたギターと交換して勘太郎さんのものになったそうです。
私なんかと比べるのはおこがましくて非常に恐縮ですが、私がイギリスやアイルランドに居た頃、よくパブにアコギを持ち寄ってはジャムってたのですが、音が小さいギターは、自分にも相手にも音が聞こえないので大きなストレスになるものです。
いつ何時ジャムを持ちかけられても戦える大きな音のするギターが私の好みなのですが、憂歌団のリードギタリストの勘太郎さんにとって鳴らないP-1は相当なストレスだったんじゃないかと想像します。
今は便利な時代なので、YouTubeで初期の憂歌団のライブを観ることが出来ますが、勘太郎さんのギター前に出てますねー。
憂歌団というバンドは、木村さんのボーカルと勘太郎さんのギターの、ある意味ツインボーカルだったのではないかと思います。
もしかしたら木村さん、歌いにくかったかもしれませんね(笑)。
さて勘太郎さんを映像で確認すると、ピッキングが尋常じゃないくらい強いです。
おそらく生音で勝負している時代から「音をどうしたらもっと遠くに飛ばせるだろうか」と研究して出来た、実戦向けのスタイルなのかなと思います。
その後、このギターで年間300本くらい憂歌団としてライブをこなしていく・・・。
それは天板もこれだけ削れるし、鳴るようになりますよね。
本当に勘太郎さんの「音」が染み込んだギターなのでしょう。
まとめ
結論から言うと、複雑な心境ですが合板のギターでも音は育つし、鳴ると言うことです。
後やっぱりギターは弾く人によって音色が変わりますねー。
他の人が私のギターを弾いてもそうですし、長年弾いているとギターの音が自分に寄ってきて自分好みの音になるものです。
今まで合板のギターはそんな風にならないだろうと思っていましたが、そんなことはないようです。
ただ、みんながみんな勘太郎さんほど弾き込めるわけではないので、音が育ちやすい単板のギターを選ぶ方が現実的な選択かもしれません。
いずれにしても世の中にはすごい人がいるし、自分の知らないことはたくさんあるなと思います。
PS
今回、この記事を書くにあたり、辻四郎ギター工房様から貴重な写真を送っていただきました。
改めて御礼申し上げます。
風々工房
ギブソンもテイラーのオール単板ももってますがいちばんのお気に入りはサイド合板の キャッツアイです
私もサイド、バック合板のS.yairi YD-303を持ってましたが、
当時の日本製アコギの合板は馬鹿に出来ませんよね。