ギターオタク

私は広く浅くということが出来ない不器用な人間で、狭く深く掘ることが好きな少々マニアックな人間です(笑)。


実家はちょっと変わった教育方針で、私が小学校3年から中学校3年までの間テレビがない家でした。


その頃の娯楽と言えばテレビだったので、学校に行けばテレビの話で盛り上がります。


「おいおい、先週のひょうきん族見た?」


「キョンキョン可愛い!」


「チェッカーズ前髪やばいよ」


「アラレちゃん想像してたのとアニメの声違くない?」


等々、色々話を振られても全然話題についていけませんでした(笑)。


子供の頃テレビの洗礼を受けなかった私は、実家にあったビートルズのカセットテープばかり聴いていたのですが、ある日「マジカルミステリーツアー」という曲がなぜか自分に刺さり、それ以降ビートルズにのめり込んでいきました。


後々ビートルズが好きすぎてイギリスに行ったことを考えると、ビートルズが私の人生を変えてしまったと言っても過言ではないかもです。


図書館でビートルズの本を借りてきたり、本屋さんで立ち読みしたり、どうしても動いているビートルズが見たくて、なぜかビートルズのビデオを持っていたスポーツ用品店の親父さんに頼み込んで見せてもらったり、後にも先にもあんなに何かに夢中になったことはありませんでした。


近所に山形大学があったのですが、学生さん達のライブを見に行ったりしているうちに親しくなり、ギターを触らせてもらったりコードを教えてもらってるうちに、当然自分のギターが欲しくなるわけです。


当時中学生の私はバイトが出来るわけでもなく、空き瓶を拾って貯めたお金で最初のエレキギターとアンプを買いました。


空き瓶を拾うと言っても最近の方はピンとこないかもしれませんが、私が子供の頃はペットボトルがまだない時代で、コーラ、ペプシ等の清涼飲料水はガラスのボトルで売られていました。


500mlの空きボトルを酒屋さんに持っていくと10円、1リットルの空きボトルだと30円もらえる時代だったんですね。


自転車で山形市内を駆け巡っては、河原や空き地の空き瓶を見つけてはせっせと酒屋さんに持っていき、2年かけて7万円貯ました。


今考えると異常というか、よっぽどギターが欲しかったんでしょう(笑)。



20代くらいまでバンドをしたりしていましたが、ある程度の年齢になると人を集めるのも難しくなるし、みんなで楽しく弾けるエレキギターではなく、一人で完結できるアコースティックギターを弾くようになりました。


60年代、70年代の音楽が好きな私は、学生運動が盛んで若者の熱気に満ちた、「時代」そのものに強い憧れを持っています。


私の勝手なイメージですが、その頃の方々は猫も杓子もギターを弾いたことがある、あるいはギターをかじったことのある世代で、その時の自分の考えや気持ちを伝える道具として、フォークギターは今で言うスマホやパソコンみたいな感覚だったのかなと想像しています。


今はアコースティックギター、昔はフォークギターと呼ばれていたギターの雛形はアメリカのマーチンという会社が発明したものです。


60年代のグループサウンドブームが廃れてフォークミュージックが流行りだすと、マーチンやギブソンの写真を見て、見よう見まねで昨日まで家具や下駄を作っていた会社がこぞってギターを作り出します。


中にはちゃんとアメリカからギターを取り寄せ、分解して構造を研究した会社もあったでしょうが、1ドル360円の時代に、舶来の本物のギターを取り寄せて参考に出来る会社は少なかったでしょう。


70年代は外見はマーチンやギブソンの高いギターでも、中身は日本の職人さんが工夫を凝らした個性豊かな日本製ギター達がたくさん生まれた時代でした。


中には今見ると笑ってしまうようなギターもあるし、「こ、これは・・・!」と思える名器もあります。


私はそういう70年代の個性的な日本のアコギが大好きです(笑)。


なぜそんなに個性的なギターが日本にたくさん生まれたかというと、日本の気候はそもそもギターに向いていないという大きな理由があります。


ギターは木工製品なので、湿度が高ければ膨張するし、湿度が低ければ縮みます。


梅雨や夏の湿気の多い時期と、冬の乾燥した時期を繰り返す日本の四季は木工製品には過酷な環境で、アメリカやヨーロッパのギターよりも強く作らないとすぐ割れてしまったり、ネックが反って弾けなくなってしまいます。


木材を振動させて音を出すアコギにとってこの強度が問題で、極端な話、木材が薄くて強度が弱いギターは良く鳴るし、厚くて強度の強いギターは鳴りにくくなります。


「強くてよく鳴るギター」という矛盾の中で、日本の職人さんは知恵を絞って工夫をしてきました。



東京の横田基地のある福生という町に「スリーシスターズ」という、仙人のようなおばあちゃんのやっている中古楽器屋さんがあるのですが、私は初めてのアコギをそこで買いました。


アコギに全く詳しくなかった私は、予算で買える範囲で5本くらいオススメのギターを試奏させてもらい、その中でも「これは!」と思って購入したのがS.YairiのYD-303という70年代製のギターでした。


これはS.Yairiの中でも8つグレードがあるうち、下から2番目に低いグレードでしたが、程よく乾燥した合板特有のちょっとガサガサする音、単音でソロを弾くとコシと粘り気がある良いギターで、その後10年くらい弾きました。


その後「下から2番目でこれだけ鳴るんなら、一番上の機種のYD-308というギターはどんな音だろう・・・」と興味を持ってしまうわけです(笑)。


ただ70年代の最上位機種はどこのブランドも高価で生産台数も少なく、しかもS.Yairiは倒産していたので、中古市場にもなかなか流通しない幻のギターでした。


3年くらいかけて、ようやく御茶ノ水の楽器屋さんに状態のいい中古品が入荷し、すぐに電話で予約しました。


もう次の週末が待ち遠しくて、ワクワクドキドキしながらお店に行きました。


そこで私にとって大事件が起こったんですね。




何年も夢に見たYD-308、状態も良く、弾いてみると「シャラーン」とちょっと硬質で高音寄りの音がする。


指で弾いても音圧があるし、これはいいギターだと一目惚れし即決しました。


ギターでこんなに大きな買い物をするのは始めてだったし、ちょっと罪悪感も感じながらお会計の間、壁にかけられたギターを見ていると、見た目がボロボロのマーチンのギターに600万円の値がついています!


私は知りませんでしたが、このマーチンはD-45という、マーチンの中でも選ばれた職人さんしか作ることが出来ない、全てのアコギの中でも最高峰と言われるギターで、しかもハカランダ単板の、見るのも珍しい1969年製の逸品でした。



ハカランダというのは木材の種類で、マーチンはもともとギターのバックとサイドの部分をハカランダという木材、表のトップをアディロンダックスプルースという松の木の一種で作っていました。


ギターの音は、もともとハカランダとアディロンダックを組み合わせた木材の音だったのですが、ギターを作りすぎて絶滅危惧種になってしまい、ワシントン条約でハカランダの伐採は国際的に禁止されてしまったので、70年代以降ハカランダはダイヤモンドのように高価になってしまい、一部の高級ギターを除いて使われることはなくなってしまいました。


ですので60年代末に作られたD-45は本数も少ないし、非常に希少で高価なギターです。


ウンチクばかりですみません・・・。


嫁はこういう話、すごく嫌がります・・・。


ちょっと大きな買い物もしたし、600万円のギターくらい試奏させてもらってもバチは当たらないだろうと、恐る恐るお願いしてみました。


そっけないくらい「いいですよー」と言われた時は逆にびっくりしました。


ちょっとした高級車1台分ですもんね。


白状すると山形の田舎者の私は、この600万円のギターどころか、それまで元祖アコギのマーチンを見たことも弾いたこともありませんでした。




気持ちよく試奏をOKしてくれた初老の店員さんですが、チューニングしてくれるだけでいいのに、なんか難しい曲を弾いてプレッシャーをかけてきました(笑)。


先ほどYD-308を試奏して購入した時にはなかったプレッシャーでしたね。


「これが600万円の重みなのかな・・・」と噛み締めながら待っていると、ようやくちょっと萎縮した私にギターを渡してくれました。


手に取った高級ギターは思いのほか軽かったです。


「へー、こんなに軽いんだ・・・、なんか一回りちっちゃい感じがするな・・・」


ネックを握ってみると随分と華奢な感じがします。


とりあえずCコードを「シャラーン」と鳴らしてみると・・・。


私、驚きました・・・


ギターを弾いて風景が見えたのは、後にも先にもこの時以来ありません。


なんかこう「スコーン」と抜けた音というか、表現すると雲ひとつない、どこまでも広がる青空が見えるというか、どっかに連れて行かれそうになるというか・・・。


これをギターというなら、たった今購入したS.YairiのYD-308も含めて、「今まで弾いたことのあるのはギターじゃなかったんだ・・・」と思うくらいレベルが違うというか、スタートラインの違う何か他の楽器のように思えます。


ちょっと震えながら弾き続けると、単純に音が大きいしエグミもなく、かといって澄んでるかというとそれだけでもなく、乾燥した木の音がするし、何より音が広がっていく。


音の広がり・・・、これはこのギターを弾くまで知らなかったのですが、国産のアコギは何か栓がしてあって、音の広がりを邪魔するものがあるような気がするんです。


今思うと、そんなこと気付かなければよかったのにと思います(笑)。




いやー、それまで国産のアコギに誇りを持っていたので悔しかったですね。


五重塔や神社仏閣、こと木で何かを作る技術、日本の木の文化は世界一だと思っていたので、木工製品のギターで負けたのが悔しくてしょうがありませんでした。


それから勝手に「打倒マーチン」と思い込んで色々調べ始めました。


どうやらギターの塗装も華奢なラッカー塗装と強いウレタン塗装があり、ギターはもともとラッカー塗装だったけど、何もしなくても経年劣化で塗装がひび割れてくるのでウレタン塗装になったらしい・・・、でもラッカー塗装の方が音がいいのか・・・。


ギターの周囲を取り囲んでるプラスチックのバインディングを全部木に変更したらどうだろう・・・。


アメリカのギターはアメリカの気候には合ってるかもしれないけど、日本の過酷な気候には耐えきれず、メンテが大変そうだな・・・、やっぱり古い国産のギターを現在の技術で蘇らせて打倒マーチンを狙うしかない・・・。


日本ギターの草創期からギターを作ってらっしゃる辻四郎さんという方がいらっしゃるのですが、その方に無理なお願いをしてギターを買っては改造してもらい、今手元に4本のギターがあります。


もう嫁からは非難囂々です(笑)。




どんな趣味でもそうですが、いいところで満足しておかないと、どんどん深みにはまり、お金もなくなるし、夫婦関係も悪くなります。


「これからギターを始めてみようかな」という方もいらっしゃるかもしれませんが、あまりお勧めはできません。


アコースティックギターは鉄弦なので硬いです。


ギターを始めると、まずこの鉄弦に勝てる体力をつける必要があります。


指先の皮も含めて体力だと思っているのですが、最初のうちは弦が硬すぎて指先が水ぶくれになったり、無理してギターを弾いているとマメが潰れて血が出ます。


それでも毎日弾いていると指の皮膚も厚くなり、不思議とあんなに固く感じた弦が柔らかく感じる時がやってきます。


ギターを弾けるようになれるかどうかはそこまでが勝負です。


一日10分しかギターを弾かないと一生その瞬間がやってこないかもしれないし、痛いのを我慢して毎日2〜3時間弾き続けていれば、半年後くらいに弦が柔らかく感じる時が来るかもしれません。


ここまで努力して体力をつけても、ちょっと弾かないとすぐ体力が落ちて指先が痛くなります。


狂気の沙汰ですよね(笑)。


ギターを用意するのも難しいです。


「初心者だから続くか分からないし、メルカリとかの安い中古でいいやー」というのはごもっともですが、ギターのセッティングが悪くて弦高が高すぎたりして、最初から安いギターや中古のギターは弾きにくいギターが多いです。


ギターを弾くこと自体最初のうちは苦行なので、そんな弾きにくいギターでは長続きさせるのは難しいし、数千円で購入したギターに数万円のメンテ代を払うのも現実的ではありませんよね。


そういう色々なことを乗り越えて、それでもギターを弾いている人が私は大好きです。


駅前でたまに見かける、自分の体よりも大きそうなギターケースを抱えている中高生を見ていると、心の底から「頑張れよ!」と思います。