ププ解体新書⑤

そんなわけで、上手にストーリーを紡げない嫁に代わって私が原作を担当、上手に絵を描けない私に代わって嫁が作画を担当しているのが、私たち風々工房です。


世の中、やってみないと分からないことばかりで、原作、作画が分かれている漫画もたくさんありますが、「あ、こういうことなんだ」と実感しました。


「絵を描ける=ストーリーを作れる」では、ないんですね・・・。


両方できる方は、もはや超人だと思います。


私たちの場合は、漫画に限らず、私が出来ることは嫁が出来ないし、嫁が出来ることは私が出来ないので、うまく補い合ってるのかもしれません。



私たちが始めたのは、なんてことのない、いわゆる「日常エッセイ漫画」です。


毎回、特にオチもありません。


これには色々理由がありまして、まだ、どんな漫画にするか一緒に考えていた頃、嫁からは、


「4コマ漫画にするなら、毎回オチをつけないと、漫画じゃないんじゃないの?」


という強い意見もあったのですが、私としては、奇跡的にいくつか面白いオチを思いついたとしても、漫画界には「強さのインフレ」という、恐ろしいインフレがあるので、継続するのは難しいと思いました。


ドラゴンボールとか、北斗の拳とか分かりやすいですよね。


強さのインフレが進みすぎて、最後は何と戦っているか分からなくなってしまうという・・・。


私は、この「インフレ」は、どんなジャンルの漫画にも当てはまると思います。


才能のある人ならいいですが、私たちのような凡人が、うっかり何かの拍子にバズってしまったら、「より大きいオチを、もっと大きいオチを!」となってしまい、プレッシャーに押しつぶされて長続きしないでしょう。


漫画を描いたことがなくとも、長く描いていれば漫画力も上がっていくだろうし、「面白すぎず、毎日読んでも疲れない漫画」なら、私たちでも続けられるだろうといことで、オチのない、今のスタイルになりました。



「日常エッセイ漫画」も始めてみると、なかなか苦しいものがありまして、言いたいことや、ネタがあるうちはいいんです。


例えば、私たちの場合だと、まだ最近のことで書くのも辛かったのですが、


「義母の介護、それに伴った非正規雇用、嫁の夜勤のバイト、借金返済、色々乗り越えて秦野に引っ越しました」


と、ここまでは過去の話でなんとかなったのですが、話が現在に追いついてからが難しいところです。


毎日ドラマがあるわけではないので、なかなか面白い原作を書けず、漫画力の上がった嫁に、毎回駄目出しをされて苦しんでいます(笑)。


最初の頃は、初めて漫画を描くので当然と言えば当然ですが、どのコマも同じアングルで奥行き感がなかったので、


「目線がこの辺で、こうしたら?あーしたら?」


と、偉そうなことを言っていましたが、すっかり立場が逆転してしまいました・・・。


今では私の拙い原作を、嫁の漫画力で読めるクオリティーに仕上げてもらっています。



漫画もブログもやったことのない、ゼロからの出発の私たちですが、ここまでやってみて痛感するのは、それを生業とする場合、ネタがない時こそ実力が問われるということです。


面白くないことを面白く書く実力というか、自分では普通の事でも、他の人にとっては面白いことを見つける努力、同じものを見ても、ちょっと角度を変えて見ることが出来るか等々、色々な創作の技術はあると思いますが、日常的に「これはネタになるだろうか」と結びつけて生活するようにしないと、継続は難しいです。


「私も田舎暮らしに憧れているのですが、仕事が心配です。生計はどうしてますか?」


というコメントを最近よく頂くのですが、それこそが私たち風々工房の大きなテーマで、私たちは私たちのやり方しか分かりませんが、実際にフリーランスとして、組織に頼る事なく生活していけるのか、今も挑戦中です。


まだまだ「風々工房の収入で食べてます!」と、胸を張って言えるレベルではないので、もうちょっと結果を出してから、なんらかの形で報告出来たらなと思っています。


とは言え、結婚してから介護があったりで、ほとんど一緒に居ることもありませんでしたが、今では一緒に仕事もしていますし、いつ契約を打ち切られるか分からないで、仕事がないのに仕事をしているふりをしていた契約社員の頃に比べれば、自分で自分の旗を振っているというか、やりがいもあるし、充実感もあります。


反面、どんな立場であれ会社に勤めると言う事は、誰かがリスクを背負ってその会社を作ってくれたから働けるわけであって、実際に自分が個人事業主になって見ると、「会社を経営するって大変だなー」と思ったりしますが、もう、誰かが儲けるために自分を犠牲にするのは嫌です。


お金を稼ぐって大変ですよ(笑)。


まだまだ駆け出しなので、温かく見守って頂けると嬉しいです。




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4件のコメント

いつもこっそりと拝読しています。
リストラで、58歳にして再出発です。
私と思考は異なれど、お2人からは元気と勇気と癒しをいただいています。

くれぐれもご自愛の上、これからも楽しませてください‼️

こっそりご覧頂いてありがとうございます(笑)。
そのように仰って頂くと、緊張しますね(笑)。

こちらこそよろしくお願いいたします!

はじめまして。
「普通」ってなんなんでしょうね?

私もププさん同様に幼い頃に両親とのコミュニケーションで躓きました。
人見知り、笑顔の作り方が分からないのもすごくよく分かります。
更に旦那さん同様、自分が納得しないと頑として言うことを利かない性格も加わり、かなり面倒な子供時代だったと思います。
学生の頃、下校途中に男性に危害を加えられた経験や、職場(飲食店)でのパワハラやセクハラで、どこか男性に対して冷めた感情を持ってしまったこともあり(とは言いつつお付き合いは何度かありますが)昔から自分は「欠けた」人間だと常々感じて来ました。
それでも数少ない友人や、音楽、書物が何とか私を支えてくれて、社会人になってようやくこれではダメだと気付いて、海外へ数年料理の修行に行ったり、自分ができる限りの努力を重ねて会社で役職を得たり、つい最近まで7年ほど自営業をして来ました。
その間にいろんな経験をして感じた海外と日本の違いや日本社会の「犠牲」「搾取」はよく分かります。
たくさんの失敗を重ねて少しだけ他人の気持ちに寄り添えるようにもなりましたし、良い意味で諦めも必要だと感じるようになりました。なんというか人や社会に期待し過ぎないというか・・
そして人って「グラデーション」だなと思うようにもなりました。
普通の人とそうじゃない人の線引きってはっきりしてなくて濃淡が強ければ周囲も気づくけど、それほどではない人が実は大勢いて、みんな生きづらさを感じながらも「普通」の枠に入りたいと必死で頑張っていたり、あがいていたりする。
今年は思うことあり一旦自営をやめて、他社で働きつつ環境を変えて40代からの生き方・これからの日本社会での自営の在り方を視点を変えてしばらくはのんびりと考えようと思っています。
多くの人は「安心」や「安定」が欲しくて「普通」の生き方を求めたり、それ以外の生き方をしている人の模倣をしたり、そのやり方を知りたがるけど、実際は自分で考えて、決断して実行するしかないんですよね。それが正解はどうかと別として。
だって自分の人生ですから。

話はズレますが、最近なぜか「さよなら人類」で有名な”たま”というバンドの実力を知る機会があり、旦那さんは興味ないかもしれませんが、去年のクリスマスの弾き語りをインスタで見て、どこかたたずまいが似てるなと思いました。
昔は変わった人の集まりと子供ながらに思っていましたが、昔の動画を見てみると、実は知的で周囲に流されない芯のある天才の集まりだったと気付きました。
彼らは日本のビートルズと言ってもいいくらい。知久寿焼さんの音楽とギターも凄い。

長々と要点の定まらないコメント失礼しました。
お二人ともマイペースに日々とインスタとブログを楽しんでください。
楽しみにしています。

初めまして!

もはや1つの記事と言っていいくらいの「超大作」のコメントありがとうございます!

musicaさんの仰る濃淡でいうと、海外への料理修行、人間関係が苦手ながらも会社で役職を得て、自営業、現在は組織に属してらっしゃる・・・。相当濃いですね(笑)

もし、musicaさんがブログを持ってらっしゃるとしたら、1個1個のストーリーを掘り下げて拝見させて頂きたいくらいドラマチックだと思います。

>「普通」ってなんなんでしょうね?

「働きアリの法則」というのがあります。

かいつまんで言うと、

よく働いているアリと、普通に働いている(時々サボっている)アリと、ずっとサボっているアリの割合は、2:6:2になる。

・よく働いているアリ2割を間引くと、残りの8割の中の2割がよく働くアリになり、全体としてはまた2:6:2の分担になる。
・よく働いているアリだけを集めても、一部がサボりはじめ、やはり2:6:2に分かれる。
・サボっているアリだけを集めると、一部が働きだし、やはり2:6:2に分かれる。
(出典:Wikipedia)

私たち人間をこの法則に当てはめて考えると、人は複雑で色々な背景が影響するものの、「社会に普通に馴染むのが苦手」、いわゆる「普通ではない人」と言うのは、この法則に当てはめると「ずっとサボっているアリ」に当てはまるのじゃないか?と思ったりします。

「普通」の人を100人集めれば、20人の人は普通じゃなくなるし、普通じゃない人を100人集めれば、すごくうまくやっていける人が20人、普通にやっていける人が60人、普通じゃなくなってしまう人が20人に分かれてしまうように思います。

もし、今、自分が生きづらいと感じるならば、その組織、大きい意味では、その社会を離れて自分が居心地のいい「普通」で居られる場所を見つける、なければ自分で作ればいいのかなーと、風々工房を始めました。

>最近なぜか「さよなら人類」で有名な”たま”というバンドの実力を知る機会があり、旦那さんは興味ないかもしれませんが、去年のクリスマスの弾き語りをインスタで見て、どこかたたずまいが似てるなと思いました。

はは(笑)、”たま”を連想して頂いて恐縮です。
私は日本の古いアコギが好きなのですが、たま時代、鈴木バイオリン製のThreeSというマイナーなギターを弾いてらっしゃって、くすぐられた記憶があります(笑)。

これからも楽しみにしていただけるように、続けていけたらと思います。

こちらこそよろしくお願いいたします。

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