ププ解体新書①

私が10代、20代の頃はSNSどころかインターネットもない時代でした。


今で言うところの「コミュ障」や、「発達障害」等々の言葉も一般的ではなかったので、よく言えば「個性的な人」、悪く言えば「変な人」、という枠で括られていました。


その後インターネットが発達して、昔はテレビ、新聞、雑誌で私たち一般市民は情報を得ていましたが、今や「個人」が情報を発信できる時代となり、それこそ「こんなにたくさんの方々が、『普通の社会』の中で生きづらさを感じているんだ」と、知ることができる様になりました。


私たち夫婦も、お互いタイプは違いますが、「普通の社会」では生きづらい、なんらかの障害を持っていると思います。


「生きづらい」と言ったところで、誰かが面倒を見てくれるわけではありません。


裸で外に出るわけにもいかないので着る服は必要だし、お腹は空くので食べ物も必要、雨風をしのげる住むところも必要と、自分たちの面倒は自分たちで見るしかありません。


世の中の片隅でもいいので、なんとか自分たちの居場所を作りたいと始めたのが、この「風々工房」だったりします。



義母との同居生活の漫画を描いていた頃、「旦那に任せきりなのはどう言うことなの!?」、「嫁側からの視点がない!」、「淡々としすぎて感情がこもっていない!」等々、厳しいご意見をたくさん頂き、アンサーというか、自己紹介も兼ねて描いたのが「ププ解体新書」でした。


嫁は、文章で話すのが苦手です。


記憶するのも苦手というか、記憶をしたこと、覚えたことを、上手く外に出すのも苦手です。


どこに行くか、何を食べるか等、決めるのも苦手です。


自分の話をするのが苦手なので、例えば私が、「で、お義母さんと、どんな話したの?」と聞くと、言葉に詰まってしまい、一生懸命絞り出そうと考えると、疲れて寝てしまいます。


私が嫁の変わっていることに気づいたのは、一緒に料理をしている時でした。


何回も一緒に作った料理でも、まるで初めて作ったかの様に、「これどう切るの?」、「これ、どうするの?」と聞いてくるので、最初は「覚える気がないのか」とイライラしましたが、その後、観察を続けていると、覚える気がないとか、やる気がないのではなくて、「そもそも覚える回路がないのでは?」という結論に達しました。


私は方向音痴ですが、嫁は頭の中にコンパスがあるのか、どこにいても東西南北が分かるそうで、外出する時は嫁のナビが頼みです。


一緒に歩いている時は「あっち」、「こっち」と指をさすだけでいいのですが、バイクで移動する時は、後ろに乗っている嫁が見えないので「右、左」と言ってくれないと分かりません。


これはバイクに二人乗りする様になってから知ったのですが、嫁は、「右、左」が上手く言えません。


「お箸を持つのが右、お茶碗を持つのが左」と、頭の中で分かっていても、上手く外に出すことが出来ません。



出会った頃は「ありがとう」と「ごめんなさい」も、今まで言ったことがないのか、プライドが邪魔するのか、上手く言うことが出来ませんでしたが、私が積極的に「ありがとう」、「ごめんなさい」を言うようにしていたら、自然に嫁も言える様になりました。


嫁にはおよそ計画性というものがなく、「感性」で生きています。


やりたいことは、何が何でも「今」やりたいというか、「やらなきゃいけないことを先に終わらしてから、自分のやりたいことをやる」ということが出来ません。


なんというんでしょう、私もそうでしたが、子供の頃、テスト勉強する時に限って部屋の汚れが気になり、掃除を始め、掃除が終わる頃にはテスト勉強なんてどうでもよくなり、寝てしまうというか。


嫁はその時目に入ったもの、耳に入ってくる物が気になってしょうがなく、こっちをやってるとそっちが気になって、そっちをやってるとあっちが気になって、結局、もともと何をやっていたのか思い出せなくなるので、時々軌道修正が必要です。



ここまで読んでみて、「おいおい大丈夫か?」と心配なさる方もいらっしゃるかもしれませんが、嫁はいつも明るく、私には言いたいことも言うし、駄々もこねます(笑)。


朝起きた瞬間から、夜寝る時まで機嫌のいい嫁には、私の一番辛かった時期に随分と支えてもらいました。


今では野山を駆け巡り、生き生きと庭をいじっています(笑)。


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その後、幸か不幸か義母と同居することなり、この個性的な親子を同時に観察する機会に恵まれました(笑)。


原因と結果を同時に観察できるとういうか、先天的なものなのか、後天的なものなのか検証出来るというか、第三者的な立場で2人を観察していると面白いものがありました。


次は義母の登場です。





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