生きてる実感?

コミュ障・・・、私が小さい頃には無かった言葉ですが、私はおそらくコミュ障です。


母子家庭だった我が家では、大人になってからこそ母と友達のような関係を築けましたが、幼少の私は母にとって一緒に連れ歩くアクセサリーのような存在で、母にとって必要な時は私と話してくれるけど、それ以外の時はあまり関心を持ってもらえず、私が話しかけても相手にされませんでした。


子供ながらに自分からは話しちゃいけということを覚えた私は、無口で感情表現が苦手な愛想のない子供になりました。


私も好き好んで無口で無愛想な子供になったわけではなく、普段家の中であまり会話のなかった私は、人の前に出ると何を喋っていいか分からずにあがってしまい、何かを話さなきゃいけない雰囲気に追い込まれると、ますます緊張してどうしていいか分からず、真っ赤になって母の背に隠れるような子でした。


そんな私に母の背は大きく見え、いつもオシャレだったし憧れていました。


そう、今思うと無意識のうちに母に憧れていたんですよね。


当時品川に住んでいた母と私は、週末になると銀座に行って映画を見たり服を買ったり、外食にも旅行にもよく行って、私もそういう生活しか知らなかったので、それが普通だと思っていました。


私が高校を卒業する頃、


「あんた、もう18になっただからクレジットカードくらい作りなさいよー」


と母に言われ、当時の私はクレジットカードの意味もよく分かっていませんでしたが、とりあえず母に言われるままにクレジットカードを作りました。


その後、某飲食店にアルバイトとして勤めだした私は、自分でも気づかないうちに買い物中毒に陥ります・・・。




コミュ障のまま成長した私は、仕事をする職場では他の社員の人たちやアルバイトの人たちと話せても、そういう職場だったというのもありますが、あくまでも職場だけの付き合いで、唯一私を一人の人間として接してくれているように感じたのはアパレルショップの店員さんでした。


今考えれば幻想だったと分かるのですが、普段「いらっしゃいませー」、「ありがとうございましたー」と一日中言っている私にとって、逆に「いらっしゃいませ」、「ありがとうございました」と言ってもらえるのは至福の時で、店員さんはフレンドリーだし、仕事以外の素の私の話も聞いてくれるし、唯一自分が自分でいれる場所のように感じていました。


お笑い番組を見ること以外に趣味のなかった私は、当時自分のスタイルを探す旅に出ていて、モード系の雑誌を研究しては銀座、新宿、渋谷に毎週末に出没して服を買い漁っていました。


ところがそんな大好きな服も、お店で試着した時はあんなに素敵に見えたのに、家に帰って実際に着てみると何か違う・・・。


今考えると正気の沙汰ではないのですが、3万円や5万円で購入した服を翌週に、ラグタグで購入価格の5%位で売っては、軍資金にもならないそのお金を持ってアパレルショップで新しい服を買い、足りない分はカードで支払うという、本当に今思うと地獄のようなスパイラルに陥っていました。


なんども行って常連になると、お店からセールのハガキが送られてくるようになります。


本当は誰にでも送っているであろうそのハガキを持参しては、


「今日は『特別なお客様』だけの『シークレットセール』です」


と店員さんに言われると、もう、その「特別感」に酔いしれていました。




そういう私がそのままの感覚で結婚して、それはもう最初は旦那と揉めましたねー。


後になって母の借金問題が発覚し、なんのことはない、母の送っていたあの豪華な生活もクレジットカードで成り立っていて、母の、つまり私の金銭感覚も、随分と一般社会からかけ離れたものだったと理解できるようになるには、長い時間が必要でした・・・。


銀座、新宿、渋谷を根城にしていた私は、東京23区からほとんど出たことがありませんでしたが、旦那のよく行く街は吉祥寺と下北沢で、しかも古着しか着ません。


古着・・・、


「他人が袖を通した服なんて絶対に着ないわー」


という母に育てられた私には、考えたこともありませんでした。


旦那と付き合うようになり、下北沢に連れて行かれましたが、私はどうも好きになれません。


「俺にとって下北沢はディズニーランドだよ」


と旦那ははしゃいでいますが、私は早く帰りたかったです。


何件も古着屋さんをハシゴしたのですが、私は古着屋さん独特のカビ臭い匂いが我慢できないし、時々焚いているお香の匂いも嫌でした。


「これ50年代のレタードカーディガンで、この頃のニットは丈夫だから毛玉もできないしあったかいよ」


等々、色々ウンチクを語られても全く心に響きません。


第一、あちこちほつれてボタンも揃っていないし、しかもちょっとカビ臭いです。


試着をしてみましたが、それまでモード系を追求していてジーンズも履いたことのなかった私にはピンときませんでした。


結局旦那チョイスで古着のレタードカーディガン、ジーンズ、ワンピースをレジに持っていくと、なんと3,400円!


「え、こんなに買って3,400円!?」


購入した服が気に入ったかどうかは別として、ちょっと私の中の今までの価値観が崩れ始めました・・・。


補修したレタードカーディガン
補修したレタードカーディガン



旦那に、


「こういう古着は自分で直して着るからいいんだよ」


と言われ、帰りに吉祥寺のユザワヤで刺繍用の糸とナットのボタンを購入し、家でチクチクとほつれを補修してボタンを付け替えてみました。


一緒に購入したジーンズと一緒に着てみると・・・、鏡の中に今までと違う自分がいます。


今までモード系を研究していたので、こういう普通の服を着たことがなかったので、別な意味で新鮮でした。


自分で直した部分も、なんとも言えない味というか可愛げがあるし、それまで高いアパレルショップで購入していた服は、買っては売って、買っては売ってを繰り返していましたが、自分で直した服はなんとも言えない愛着が湧いてきます。


ふと気付いたのですが、もしかしたら私は服が好きだったのではなく、お店でチヤホヤしてもらうのが好きだっただけなのかもしれません・・・。


それ以来、すっかり旦那の影響で私も古着しか着なくなりましたが、寒い時にはあったかい服、暑い時には涼しい服さえあれば十分というか、今ある服を修理しながら大事に着るようになりました。




その後も私の衝撃は続きます・・・。


子供の頃から母に外食に連れて行ってもらうことの多かった私は、


「美味しいものは外で食べなきゃ〜」


と言われて育ったので、「ご馳走」と言えば外で食べるものだと思っていました。


まだ旦那と付き合い始めた頃、旦那とスーパーに食材を買いに行き、


「へー、この人、料理するんだー」


と、うっすら思いながら、今が旬で安いからとブリカマを買って帰りました。


私は職場以外で料理をしたことがなく、母も「旬」の話をしたことがなかったので、一応意味くらいは分かりますが、実生活で旬という言葉を聞いたのも初めてだったし、ブリカマも初めてでした。


料理というのは、もっと手が込んで面倒臭いものだと思っていましたが、旦那はご飯を炊いている間にブリカマにチョイチョイと塩を振って焼き始め、なんとなく美味しそうな香ばしい香りが漂ってきます。


ガシガシと大根を擦ってポイッと添え、お醤油をチョロッとかけたブリカマを食べてみてビックリ、身がフワフワしてジューシーで、こう言っちゃ悪いですが、何も手をかけずにただ焼いただけなのに、今まで食べたことがないくらい美味しくてびっくりしました。


旦那が言うには、


「美味しいものをお腹いっぱい食べようと思ったら、家で食べなきゃダメよ」


とのこと。


350円の家で焼いただけのブリカマがこんなに美味しいなんて・・・、私の中の価値観がもう一つ崩れ出しました・・・。


その後も色々あったのですが、千円カットも衝撃でしたねー。


くせ毛の私は、代官山のヘアサロンでカット、縮毛矯正コミコミで2万円くらいかけて髪を切っていました。


当時の私的にはイケてると思っていた、「アシメントリー」と言う左右の髪の長さが違うスタイルで帰ると、


「なんの罰ゲーム?え、2万円・・・?」


と旦那に言われ、試しに行ってごらんと、次は旦那行きつけの1000円カットのお店に行くことになってしまいました。


1000円カット・・・、駅前でおじさんが並んでいるのをよく見かけます。


女性のお客さんなんて見たことないし、お店に入ることにすごい抵抗感がありました・・・。


そうは言っても髪は伸びるもので、いよいよその日が来てしまい、憂鬱な気分で一応見本の写真を持ってお店に入り、どうしていいか分からずオロオロしていると、入り口にあるチケットマシンでチケットを買って下さいとのこと。


「こういうところって、後払いじゃなく先にチケットを買うんだ・・・、ラーメン屋さんみたい・・・」


と思っていると、ちょうど空いていたのか私の順番が来てしまいました。


椅子に座って写真を見せると、店員さんが今まで見たことのない速さで、私が不安になるくらい全く迷うことなくバシバシ切っていきます。


わずか10分くらいでしょうか・・・、あっという間に終わりました。


鏡の中の私を見てみると、う、上手い・・・。


それまで代官山、原宿、青山等、おそらく日本で一番高いようなところで髪を切っていましたが、それと比較しても遜色がないというか、たまたまその時担当してくれた方との相性が良かったのか、自分がこうして欲しいと思っていた髪型になっていました。


職場でも褒められて嬉しかったです(笑)。


今まで縮毛矯正、カット、シャンプー等、なんだかんだ3時間くらいかけて2万円だったのに、たった10分、たった千円で得られるこの結果はなんなのでしょう・・・。


かけたお金と満足感は、必ずしも正比例するわけではないようです。


その後も色々ありましたが、東京を出て神奈川県秦野市に住むようになりました。




秦野市に引っ越して初めての春、今まで外に出れば通勤電車の中か職場だったので、暑い寒いは感じても季節を楽しむ心の余裕がありませんでしたが、毎日山に行ってランニングしたり散歩したりしていると、冬の間殺風景で寂しい感じだった山の緑がどんどん濃くなり、生えてきた葉っぱが風に吹かれて音を立てたり、虫の羽音が聞こえるようになってきたりと、自然界が目を覚ましてざわついてくるのを感じます。


青くなりだした麦畑、一面黄色の菜の花畑、つくし等々、初めて見るものばかりです。


山道の途中、土手でフキノトウを見つけるとアドレナリンが出ますね(笑)。


フキノトウを見つけた時の幸せな感じは、今は遠い昔に感じる銀座のアパレルショップで服を購入している時に感じていた幸せな感じと似ているかもしれません。




今思い返してみると、私はお金を使うことでしか「生きてる実感」を感じることができなかったのかなと思います。


お金を使った生きてる実感は、その瞬間は強い満足感を感じても持続性がないので、また生きてる実感を感じるためにお金を使ってしまう・・・。


お金・・・、お金は人を幸せにも不幸にもするということを、母の借金問題で初めて実感しました。


母の借金を返し終わり、母の影響下を離れて今思うのは、使うお金も、身の丈にあっているうちはまだいいのですが、刺激に慣れてしまって、より強い刺激のために身の丈を超えるお金を使うようになると、自分も不幸になるし回りも不幸にしてしまいます。


生きてる実感!
生きてる実感!



自分で野菜を作るようになって、お金をかけずに自分で時間と手間暇をかけた方が愛着が湧くし、経済的に負担なく生きてる実感を継続できると、つくづく感じるようになりました。


スーパーで簡単に購入できる野菜でも、自分でタネから育ててみるとさっぱり上手くいかず、ようやく芽が出て収穫まで辿り着き、さっと茹でた枝豆、オクラ、キヌサヤ等々をかじると、苦労した分喜びもひとしおで、それはもう美味しく感じます。


あんなに服を買い漁っていたのに、今は自分でチクチク修理した古着しか残っていません(笑)。


「お金をかけずに時間をかけてちょっと贅沢」の今の方が、自分らしいのかなと思います。